후리가나로 읽는 일본 고전
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わたしのかつどうしゃしんぼうかんし
私の活動写真傍観史
伊丹 万作
伊丹 万作의 私の活動写真傍観史(わたしのかつどうしゃしんぼうかんし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 15,073자 · 30화면
明治三十九年の秋だつたと思う。
当時七歳の私は父に連れられて神戸港新開地の掛小屋で活動写真に見いつていた。
天幕のすきまからはいつてくる風にあおられて波のようにうねる映写幕には日露戦争の実況(?)が写つていた。
我々は観客席(といつてもそこは材木と布でしきられた何坪かのじめじめした地面にすぎないのであるが)に立つて押しあいながら見ていた。もちろん私のような子供は一番前まで出て行かぬことには画面を見ることができなかつた。地面は暗いのでよくわからないまでも、足を動かせばみかんの皮やラムネのびんに触れたり、歩こうとすれば大きな雑草の株につまずいたり、およそわびしいかぎりの光景であつたようだ。
幹の細長い木立の中に陣地を構えた野砲兵が敵にむかつて盛んに砲撃をやつている。
一発うつたびに白い煙がぱつと立つ、いきおいで砲車があとずさりをする。砲兵たちは身をかわしてぱつと散る。すぐに集つてきて次の行動に移る。実にチヨコチヨコと小まめによく働いた。とても実際にはああは行くまいと思われるほど、動作の敏捷さが人間ばなれをしているのである。しかし悲しいことにはこのチヨコチヨコとよく働く砲兵たちも、一人二人と次第に斃されて行つて、おしまいにはとうとう一人になつてしまつた。