일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川 英治의 私本太平記(三)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 222,108자 · 446화면

아오조라 문고

天が下には

その日、正成から奏聞に入れた当面の戦略は、要するに、

持久

ということに尽きていた。

またなぜ、正成が笠置にふみとどまらず、河内へ帰ったのかといえば、ここでは自身の指揮も、徹底的には行われ難いと見抜いたからであったろう。

むしろ少数でも、一族一体を基盤とする金鉄の本塁を奥河内の嶮に築いて、築塁が成ッたら、すぐさまそこへ天皇を迎えて、思うざまな統御を取ろうとするものにほかならなかった。

天が下には

九月半ば。

鎌倉の大軍は、潮のようなその先鋒を、笠置のふもとへ、はやひたひた寄せはじめていた。

旧記によれば、号して七万五千の兵とあるが、これは誇張にすぎる。せいぜい二万前後と見てよい。

それにせよ、当時の軍旅や兵站からすれば、たいへんなものだろう。――そして日数からみても、遅くはなかった。

だいたい幕府方では、九月に入ってからでも、まだ天皇が笠置にありとの情報は、はッきりつかんでいなかったらしい。――「光明寺残篇」とよぶ記録の九月五日付ケ鎌倉執達状には、

先帝、叡山ニ還幸、防ギ申スベキノ旨

院宣ヲ下サル云々

などとある。

また、この公文書の表で目につくのは、鎌倉ではもう後醍醐をさして“先帝”と称えていることだった。