후리가나로 읽는 일본 고전
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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
吉川 英治의 私本太平記(四)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 229,324자 · 458화면
そして敦賀から便船で、出雲美保ヶ関へゆき、そこで待っていた自家の船便で、やがて隠岐の国府へ帰ったのが、はや二月近くであった。
大山(伯耆の)
お山から
隠岐の国みれば
島が四島に
大満寺
もちろん、これは現在、島で唄われている民謡で、元弘頃の古い謡ではない。
「古事記」だの「延喜式」などの古いものによると、隠岐は上代に、またの名を、
天之忍許呂島
と、よばれ、
京ヲ去ル九百一十里
ともいわれていた。
そのころの一里は後世の三十六町でなく、一里は六町単位であったから、文字どおり本土からは“千里絶海”の隔離をおぼえさせられたことであろう。そしてここへ流されてしまっては、ふたたび帰るにも帰れぬ虚無にとらわれたことでもあろう。――現に、承久の後鳥羽法皇は、北条義時にやぶれて、この島へ流され、海士郡の配所に十八年間をむなしく囚われのまま送って、ついにここで崩ぜられており、その法皇が詠まれたという、
我れこそは
にひ島守よ
おきの海の
あらき波風
心して吹け
の、悲調な一首も島人の胸にまだ生々しくのこっていた。
ことし元弘三年は、その承久からちょうど百十年目。
なんたる循環か。