후리가나로 읽는 일본 고전
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びじゅつがっこうじだい
美術学校時代
高村 光太郎
高村 光太郎의 美術学校時代(びじゅつがっこうじだい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,454자 · 15화면
その頃僕は国文の方は美術学校で教えられる外に古典の方をさかんに勉強していた。漢文の方は本田種竹先生に師事した。詩なども大いに読んでいた。それが初めは文学的彫刻となってあらわれ、後にはその文学的彫刻を止揚するために詩歌に近づいた。俳句などもやり、角田竹冷先生からは一等を貰ったりした。折から日本の新派和歌が起り、落合先生は別にしても、久保猪之吉、服部躬治などがいかづち会というのを作って読売などの紙面をさかんに賑わし出した。そういうところへ明治三十三年に「明星」が始まった。これが華々しい運動となった。
「明星」の四号位からその新詩社に入社したが与謝野先生の添削は大へんなもので、僕の歌なども僕の名前がついているから僕のだろうと思うくらい直されてしまい、自分の書いた所は一字か二字しか残っていない事もあった。これでは誰の歌だか判らない。だからその時代のものは自作とはいえない。僕のものといえばその後僕がアメリカに行く船の中で拵えたもの、あの頃から後のが自分のものである。その当時は象徴派、ロマンチック派等が詩壇に起って僕は蒲原有明、上田敏、薄田泣菫などのものを読んだ。