일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ばしょうについて

芭蕉について

宮本 百合子

宮本 百合子의 芭蕉について(ばしょうについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 6,634자 · 14화면

아오조라 문고

同時代の芸術家として、近松門左衛門や井原西鶴等の生きかたと芭蕉の生涯とは今日の目におのずから対比されて様々に考えさせるところがある。宗房より二つばかり年上であった大阪生れの西鶴は、通称を平山藤五と云い、有徳な町人であった。妻に早世され、娘を早く喪ってからは店を手代にゆずって僧にもならず一種の楽隠居で、半年は旅に半年は家居して暮すという境遇の俳人、談林派の宗匠であった。町人に生まれ、折から興隆期にある町人文化の代表者として、西鶴は談林派の自在性、その芸術感想の日常性を懐疑なく駆使して、当時の世相万端、投機、分散、夜逃げ、金銭ずくの縁組みから月ぎめの妾の境遇に到るまでを、写実的な俳諧で風俗描写している。住吉の社頭で大矢数一昼夜に二万三千五百句を吐いた西鶴が、そのような早口俳諧をもってする風俗描写の練達から自然散文の世界に入って、浮世草子「好色一代男」(天和二年)などを書き始めた必然の過程は、人生と芸術への疑いにみたされていた桃青にどのような感想を与えたであろうか。近松門左衛門の「世継曾我」が上方で華やかな世評を喚起したのもこの前後であった。京都生れの武士であった近松は、当時崩れゆく武家の経済事情に押し流されて、いくつかの主家を転々した末は浪人して、歌舞伎の大成期であったその時代から辛苦の多い劇作家の生活に