후리가나로 읽는 일본 고전
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면
小十郎は大谷吉隆に就いて主家を悪く秀吉に思取られぬよう行届いた処置をした。吉隆も人物だ。小十郎が会津蘆名の旧領地の図牒の入って居る筐を開いて示した時には黙って開かせながら、米沢の伊達旧領の図牒の入っている筐を小十郎が開いて示そうとした時には、イヤそれには及び申さぬ、と挨拶したという。大谷吉隆に片倉景綱、これも好い取組だ。互に抜目の無い挙動応対だったろう。秀吉の前に景綱も引見された時、吉隆が、会津の城御引渡しに相成るには幾日を以てせらるる御積りか、と問うたら、小十郎は、ただ留守居の居るばかりでござる、何時にても差支はござらぬ、と云ったというが、好い挨拶だ。平生行届いていて、事に当って埒の明く人であることが伺われる。これで其上に剛勇で正実なのだから、秀吉が政宗の手から取って仕舞いたい位に思ったろう、大名に取立てようとした。が、小十郎は恩を謝するだけで固辞して、飽迄伊達家の臣として身を置くを甘んじた。これも亦感ずべきことで、何という立派な其人柄だろう。浅野六右衛門正勝、木村弥一右衛門清久は会津城を受取った。七月に小田原を潰して、八月には秀吉はもう政宗の居城だった会津に居た。