후리가나로 읽는 일본 고전
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ぐとくしんらん
西田幾多郎随筆集
西田 幾多郎
西田 幾多郎의 西田幾多郎随筆集(ぐとくしんらん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 6,908자 · 14화면
愚禿親鸞
余は真宗の家に生れ、余の母は真宗の信者であるに拘らず、余自身は真宗の信者でもなければ、また真宗について多く知るものでもない。ただ上人が在世の時自ら愚禿と称しこの二字に重きを置かれたという話から、余の知る所を以て推すと、愚禿の二字は能く上人の為人を表すと共に、真宗の教義を標榜し、兼て宗教その者の本質を示すものではなかろうか。人間には智者もあり、愚者もあり、徳者もあり、不徳者もある。しかしいかに大なるとも人間の智は人間の智であり、人間の徳は人間の徳である。三角形の辺はいかに長くとも総べての角の和が二直角に等しというには何の変りもなかろう。ただ翻身一回、此智、此徳を捨てた所に、新な智を得、新な徳を具え、新な生命に入ることができるのである。これが宗教の真髄である。宗教の事は世のいわゆる学問知識と何ら交渉もない。コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろうが、そういうことは何方でもよい。徳行の点から見ても、宗教は自ら徳行を伴い来るものであろうが、また必ずしもこの両者を同一視することはできぬ。昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。