후리가나로 읽는 일본 고전
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しんらん
親鸞
三木 清
三木 清의 親鸞(しんらん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 36,550자 · 73화면
自覚とは単にわれがわれを知るということではない。われはいかにしてわれを知ることができるか。われがわれを知るというとき、われはわれを全体として知ることがない。なぜなら、われがわれを知るという場合、知るわれと知られるわれとの分裂がなければならず、かように分裂したわれは、その知られるわれとして全体的でなくかえって部分的でなければならぬ。したがってその場合、自覚的なわれよりもむしろ主客未分の、したがって無意識的な、無自覚的なわれが、したがって知的な、人間的なわれよりも、実践的な、動物的なわれがかえって全体的なわれであるともいい得るであろう。
機という字は普通に天台大師の『法華玄義』に記すところにしたがって、微・関・宜の三つの意味を有するとされている。それはまず第一に機微という熟字に見られるごとく微の意味を有する。弩に発すべき機がある故に、射る者これを発すれば直ちに箭が動く。未だ発現しないで可能性としてかすかに存するすがたが微であり、機である。可能的なものはいまだ顕わではなく含蓄的に微かに存するのである。しかし可能的なものがひとりでに現実的になるのではない。