일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

戸坂 潤의 認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 58,432자 · 116화면

아오조라 문고

例えば文芸が認識と呼ばれている事実は、なぜ間違っているだろうか。詩人は優れた認識の所有者であるに相違なかろう。道徳的行為が認識だというのは牽強付会だと云うかも知れぬ。だが認識は実行と離れて理解されないということも、今日では知る人は知っている。認識を単に観念だと思うのは、プラグマティストさえも承知しない処だ。例えば倉田百三氏(之は肉体の病的省察を通して政治的反動家となった人物であるが)の旧著『愛と認識との出発』は、この場合の参考として、或る程度の意義を認めていいもののようだ。ただこの倫理は云わば肉体的倫理であって、まだ何等の社会的認識ではなかった。社会的認識のない処に、本当に道徳などはあり得ない。もし仮に世間に道徳という言葉で云い表わし得る実質があったとしてもだ。芸術も亦、元来そうあるべきものだ。――社会的認識について、それが単純な意味で科学だけのものであるとか、簡単に理論的なものに制限すべきだとするのは、全くのナンセンスであろう。認識は現にこのようにして広範な用途と共に、実在している観念なのだ。

で、広範な意味に於ける認識は、決して理論的認識に限らず、又科学的認識に限らない。