후리가나로 읽는 일본 고전
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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
戸坂 潤의 認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 58,432자 · 116화면
もし真理なるものがヘーゲル哲学がみずからを真理と考えたように、ああした終局へ到着済みのことであるなら、之は結局それまで遍歴された諸矛盾のただの切り捨てであって、弁証法的な止揚ではない。之は単に有機体的な円満ということに過ぎない。例えばヘーゲルが、観念論は唯物論の真理であるという時、その観念論は全く唯物論を忘れたか、それとも唯物論を折衷しようとするものでしかない。――こうした具体的普遍ならば、真理は死んだ肥満だ。
真理が具体的普遍であることは、之を認識に於ける真理獲得の過程に活かせて見る限り、優れた真実である。だが之をこの過程=方法から離して、終局的な終止体系の内に位置づけようとするなら、それは全くの誤りだ。現実に於ては、相対立する契機を通しての矛盾の克服でない真理はないし、又一層大切なことには、相対立する諸真理を通して勝利を占めて行く真理しかないのである。具体的普遍はこの克服と勝利との闘争場裏に於て初めて意味を有つのだ。だから、例えば一切の諸真実の公平な総合や如才のない止揚が真理だというなら、それ程誤った真理はない。――つまり之は一方に於ては真理の絶対性の問題である。