후리가나로 읽는 일본 고전
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면
云うまでもなく法律も道徳的なものである。犯罪は凡て道徳的な悪として説明される、支配者は政治犯や思想犯も、なるべく之を道徳上の干犯に見立てようとしている。そして良心や人格や性情が道徳であるのは初めから当り前だろう。処で道徳の観念に関するこういう一切のニュアンスを、極めて組織的に見渡し得た最初の人が、ヘーゲルだと云わねばなるまい。
まずヘーゲルに於て、道徳の問題が所謂道徳というテーマの下にではなく、もっと広く法(必ずしも法律には限らぬ――丁度道徳が道徳律に限らぬように)というテーマの下に持ち出されていることを見ねばならぬ。即ち彼に於ては道徳の理論はもはや倫理学ではなくて正に「法の哲学」なのだ。ヘーゲルのこの法律哲学が所謂法律の哲学でないことは云うまでもない(初期の労作を除けばヘーゲルの法乃至道徳理論は『法の哲学の綱要』――一八二〇年乃至一年――と『エンチクロペディー』第二版――一八二七年――とであるが、両者は殆んどその組み立てを同じくする)。
元来ヘーゲルが法乃至道徳と考えるものは正確には客観的精神と呼ばれている処のものだ。今日広く文化形象一般を客観的精神とも呼んでいるが、ヘーゲルでは、所謂文化(芸術・宗教・哲学)は客観的精神よりも一段高い精神の段階たる絶対精神にぞくせしめられている。