후리가나로 읽는 일본 고전
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すずきもんど
鈴木主水
久生 十蘭
久生 十蘭의 鈴木主水(すずきもんど)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 12,827자 · 26화면
おのれの主人の欠点を数えたてるなどは、武士の嗜みとしてあるまじきことで、どういう場合でも断じてしないものなのである。
そういううちにその年も終り、十八年、癸丑の年になった。前年、西南諸道で米がとれず、大飢饉になって餓死するものが出た。正月※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々、江戸に米一揆が起き、奥州米を運漕してお救い米を出す騒ぎになったが、政岑は、これも家督して間もない尾州名古屋の城主、従三位権中納言宗春と連れだって吉原へ出かけ、驕奢のかぎりをつくして江戸中の取沙汰になった。
天和の頃、綱吉が武家法度十五ヶ条で大名旗本が遊里に入ることを禁じてから、吉原で大名の姿を見かけたのは、五十年以来のことだったばかりでなく、取巻きの原武太夫以下、はらやの小八、湯屋の五平、ねずの三武という連中の扮装が観ものだったので、いっそう評判になった。その頃は一般に合せ鬢にして髪は引詰めて結う風だったのに、髻を大段に巻きたて、髷は針打にして元結をかけ、地にひきずるほどの長小袖の袖口から緋縮緬の襦袢の襟を二寸もだし、着流しに長脇差、ひとつ印籠という異様な風態だったので、人目をひかぬはずもなかったが、尾張の殿様も姫路の殿様も、編笠なしの素面で、茶屋と三浦屋の間を遊行するという至極の寛濶さだった。