후리가나로 읽는 일본 고전
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さこく
鎖国
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면
この使節交換の時、宣徳の勘合百道が交付され、正式の使節を十年一回、船三隻、乗員三百人に改め、商品としての刀剣を三千把以下に制限したといわれている。これが所謂宣徳条約である。
この宣徳の勘合貿易船は、一四三六年に第一回六隻を出発させているが、その後大名船や社寺船の貿易が顕著となり、一四六八年、応仁の乱の時にさえも、公方船・大内船・細川船の三隻が出ている。丁度この頃が航海者ヘンリ王子の活躍の時期であった。そうしてその後、アフリカ沿岸の探検が進み、インド航路が発見され、インドに植民地が形成されるまでの時期は、博多の貿易商を配下に置く大内氏と、堺の貿易商を配下に置く細川氏との間の、シナ貿易の争奪競争の時期であった。この抗争の幕を切って落したのは、前記の公方船・大内船・細川船の出航の時で、細川船は帰路大内氏の勢力圏である瀬戸内海を通ることができず、公方船と共に土佐沖を廻って堺に帰った。この頃から堺が擡頭しはじめ、薩摩から琉球への密接な連絡を作り上げた。十五世紀の後半にはこの航路によって幾度か貿易船隊がシナに行っている。それに対して在来の航路による大内氏や博多の商人も決して負けてはいなかった。