후리가나로 읽는 일본 고전
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さこく
鎖国
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면
だから彼はキリスト教に対しては、初めから、公認はしないが大目に見る、という態度で一貫している。秀吉の死後、諸方で会堂や宣教師館が回復され、殊に小西行長の領地肥後では数多くの新設を見たのであったが、それらは問題にされなかった。だから秀吉死後の数年間には、信者が七万殖えたといわれる程である。
この形勢に最初の変化をもたらしたのは、一六〇〇年(慶長五年)の関ヶ原の戦である。それによって徳川の覇権が確立するとともに、小西行長、小早川秀秋などのキリシタン大名が亡んだ。特に小西行長の喪失はキリスト教にとって大きい打撃であった。しかしそれだけならばまだ大したことではない。キリシタン大名でも大村、有馬、黒田などは徳川方に附いていたし、徳川方の有力な諸大名、細川、前田、福島、浅野、蜂須賀などはキリシタンの同情者であった。重要なのはむしろキリシタン迫害が大名の間の主要な潮流となり、諸大名が漸次態度を変えるに至ったことである。迫害の先駆者は、小西行長の個人的な敵で、小西の領地を引きついだ法華信者加藤清正であった。彼の迫害によって肥後の八万の信者は二三年の間に二万に減ったといわれている。