후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
かまをきずいてしりえたこと
魯山人陶説
北大路 魯山人
北大路 魯山人의 魯山人陶説(かまをきずいてしりえたこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 46,780자 · 98화면
河井寛次郎近作展の感想
河井寛次郎氏の製陶もとうとう世の末になってしまった。作陶家として異様に大きく名を成したのは大正八、九年頃のように思うが、その後、今日までには長い製陶生活が続いているわけである。人の良い、職人風の無い、気易く付き合いの出来る彼は、その後継者たちに愛され、一部の新しき愛陶家によって彼の作業は支持され、先ず得意の中に老陶家の一人として、今日に及んだと見て間違いなかろう。
しかるに彼の作陶は聊かも進歩していないのである。いや退歩を続けている。その原因は彼の天分たることに帰せねばならぬことは止むを得ないにしても、彼が何十年間、何の勉強もしなかったことである。甘い連中の護りを受けて安閑といい気になっていたことである。最近高島屋にて催された彼の作品を見て驚くことは、万策尽きて沈黙に等しき出鱈目を遣っていることである。視野を狭くして美の探求を怠りつづけた天罪を見て可なるものがある。この好人物をして晩年を飾らしむることは当人の欣びばかりではなく、後進に何程良い影響を遺すか知れないのである。しかし、このごろのような作品に成って来ては最早駄目である。何の取柄も無くなってしまったからである。