후리가나로 읽는 일본 고전
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かいじんじゅうまんかん
魯庵の明治 山口昌男、坪内祐三編
内田 魯庵
内田 魯庵의 魯庵の明治 山口昌男、坪内祐三編(かいじんじゅうまんかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 27,671자 · 55화면
というは猶お可なれども、社会が往々『大文学はパンの為めに作られず』と称して文人の待遇を等閑視するは頗る不当の言である。
今日の社会は経済的関係なるが故に、士農工商如何なる職業のものも生活を談じ米塩を説いて少しも憚からず。然るに独り文人が之を口にする時は卑俗視せられて、恰も文人に限りては労力の報酬を求むる権利が無いように看做されてる。文人自身も亦此の当然の権利を主張するを陋なりとする風があって、較やもすれば昔の志士や隠遁家の生活をお手本としておる。
世界の歴史に特筆されべき二大戦役を通過した日本の最近二十五ヵ年間は総てのものを全く一変して、恰も東京市内に於ける旧江戸の面影を尽く亡ぼして了ったと同様に、有らゆる思想にも亦大変革を来したが、生活に対する文人の自覚は其の重なる事象の一つであろう。
二十五年前には文学は一つの遊戯と見られていた。しかも漢詩漢文や和歌国文は士太夫の慰みであるが、小説戯曲の如きは町人遊冶郎の道楽であって、士人の風上にも置くまじきものと思われていた故、小説戯曲の作者は幇間遊芸人と同列に見られていた。勧善懲悪の旧旗幟を撞砕した坪内氏の大斧は小説其物の内容に対する世人の見解を多少新たにしたが、文人其者を見る眼を少しも変える事が出来なかった。