후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
かいじんじゅうまんかん
魯庵の明治 山口昌男、坪内祐三編
内田 魯庵
内田 魯庵의 魯庵の明治 山口昌男、坪内祐三編(かいじんじゅうまんかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 27,671자 · 55화면
作家なりを理解しているのでは無い。イブセンやトルストイが現われて来ても渠等は矢張り三文文学、チープ・リテレチュアを口にするであろう。
然るに不思議なるは二十何年前には文人自身すら此の如き社会的軽侮を受くるを余り苦にしないで、文人の生活は別世界なりとし、此の別世界中の理想たる通とか粋とかを衒って社会と交渉しないのを恰も文人としての当然の生活なるかのように思っていた。
渠等の多くは京伝や馬琴や三馬の生活を知っていた。売薬や袋物を売ったり、下駄屋や差配人をして生活を営んでる傍ら小遣取りに小説を書いていたのを知っていた、今日でこそ渠等の名は幕府の御老中より高く聞えてるが其生存中は袋物屋の旦那であった、下駄屋さんであった、差配の凸凹爺であった。社会の公民としては何等の位置も権力も無かったのである。渠等が幅を利かすは本屋や遊里や一つ仲間の遊民に対する場合だけであって、社会的には袋物屋さん下駄屋さん差配さんたるより外仕方が無かったのである。
斯ういう生活に能く熟している渠等文人は、小説や院本は戯作というような下らぬもので無いという事が坪内君や何かのお庇で解って来ても、社会的には職業として完全に独立出来ず、位置も資格も権力も無い遊民と見られていても当然の事として少しも怪まなかった。