후리가나로 읽는 일본 고전
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どんてん
21世紀の日本人へ 永井荷風
永井 荷風
永井 荷風의 21世紀の日本人へ 永井荷風(どんてん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 24,356자 · 51화면
自国の文化については何の考をも持っていなかったようである。特にこれを愛重する心は無かったようにも見られる。祖国の風土草木に対してもまた確乎とした考はなかったようである。明治の初年日本人は電信を布設するために風土の美を顧ず東海道の松並木を伐採しかけた。それを妨げ止めたのは英国の公使パークスであった。神道の研究を称え初めたのもまた英国人チャンバレンであった。博物館の創立もまた西欧人の勧告に基く所だと聞いている。吾々は今日吾々の生活や風俗について言うべき何物をも何らの権能をも持っていない。現在家族と共に起臥している家屋すらある場合にはこれを捨てねばならないのだ。国字国語の如きは時勢の趣くままに任すより外はない。
○明治二十三年初めて議会の開かれた時分にはいずこの学校にも官省にも西洋人が教師また顧問として招聘されていた。時の人が御雇教師と言ったものである。わたくしの通学していた神田一ツ橋の中学校にも元英国海軍士官であったシーモル先生という人がいた。その頃から内地雑居と称して外国人も邦人と同じく市中随意の処に住むことができるようになったのであるが、やはり旧居留地であった築地明石町が主なる居住地で、次は麻布と小石川辺とであった。