후리가나로 읽는 일본 고전
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つゆのあとさき
つゆのあとさき
永井 荷風
永井 荷風의 つゆのあとさき을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 74,725자 · 148화면
世田ヶ谷の家には十年ほど前まで、八十歳で世を去った熙の父玄斎が隠居していた。玄斎は維新前駒場にあった徳川幕府の薬園に務めていた本草の学者で、著述もあり、専門家の間には名を知られていたので、維新後しばしば出仕を勧められたが節義を守ってこの村荘に余生を送った。今日庭内に繁茂している草木は皆玄斎が遺愛の形見である。
熙は初め中村敬宇の同人社に入り後に佐藤牧山と信夫恕軒との二家について学を修め、帝国大学を卒業後は直に助教授に挙げられ、老免せられるまで凡三十年漢文の講座を担任していたのであるが、深く時勢に感ずる所があったと見えて、平素学生に向っては、今の世の中に漢文学の如き死文字を学ぶほど愚な事はない。唯骨董としてこれを好むものが弄んでいればよいものだと称して、人に意見をきかれても笑って答えず、同僚の教授連とも深くは交らず、唯自家の好む所に従って専ら老荘の学を研究し、著書も少くはないのであるが、一として世に示したものはない。熙はその子の進が人妻と密通して世間を憚らず一家を構えたのを知って、深く憤りはしたものの、現代の青年男女は老人の訓戒などに耳を借すはずがないと、あきらめ切っているので、表向は何事も知らぬ振りで、実は義絶したのも同様、世田ヶ谷に隠居してから三年ばかりの間は一度も音信をしたことさえなかった。