후리가나로 읽는 일본 고전
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クリティシズムとにんしきろんとのかんけい
クリティシズムと認識論との関係
戸坂 潤
戸坂 潤의 クリティシズムと認識論との関係(クリティシズムとにんしきろんとのかんけい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 25,091자 · 50화면
表現の技術(アート)であるが故に芸術(アート)だったのである。するとさっきからの主張は一つの新しいこと柄をつけ加えるわけだ。芸術は表現の技術である、何となればそれは他のことの技術ではないから、と(この際技術という言葉を単純に手法とか技法とかという意味に取っておく)。例えば芸術は鑑賞の技術でもなく、教化の技術でもなく、慰安の技術でもない、又更に認識の技術にもぞくさない。――であるが故に「表現」の技術だ、というのである。
之が恐らく、芸術表現説の主張のいつわらぬ心事であろう。だがこうなると、前とは別な横槍が再び這入らぬわけにいかない。一体、科学も亦表現の技術を持たないか。表現されない科学的研究成果などというものは、歴史的に伝承され得ないから、元来存在し得ない。云い伝えたり書き残したりしなければ、科学的業績とはならぬ、それがなくては科学の歴史的発達は全く不可能だ。近代的な科学論文なるものは、恰もこの事情を最も明らかに自覚して書かれるものに他ならない。研究しっぱなしは少しも科学的研究ではない。研究であるためには研究成果を纏めなくてはならぬ。観察や観測、実験・計算・又文献調査、などのしっぱなしは何の意味も持たない。