후리가나로 읽는 일본 고전
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よろく(せんきゅうひゃくにじゅうよねんより)
余録(一九二四年より)
宮本 百合子
宮本 百合子의 余録(一九二四年より)(よろく(せんきゅうひゃくにじゅうよねんより))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,616자 · 4화면
笑い出すとだらしなくはめを脱した事。横車を押し意だけ高に何かを罵って居た時、才覚のある者が、ふみばさみに文をはさんで、これを大臣に奉ると云って擬勢を示したら、
「大臣ふみもえとらず、手わななきてやがて笑ひて、今日は術なし、右の大臣にまかせ申すとだにいひやり給はざりければ々々」
と大鏡の筆者は記して居る。手を震わせつつにやにやとした時平の蒼白く、頬の肉薄き笑いが目に見えるようだ。僅三十九で死んだ。延喜九年己巳四月四日。
道長の出世の原因
藤原為業は明晰な、而して皮肉な頭の男であったらしい。望月の欠くるところなきを我世と観じた道長の栄華のそもそもの原因を斯う云って居る。
二十三で権中納言、二十七で従二位中宮太夫となった道長は、三十歳の長徳元年、左近衛の大将を兼ねるようになったが、その前後に、大臣公卿が夥しく没した。その年のうちにも三月二十八日に閑院大納言、四月十日には中関白。小一條左大将済時卿は四月二十三日、六條左大臣、粟田右大臣、桃園中納言保光卿は、三人とも五月八日一度に死んだ。山井大納言は六月十一日に亡き人となった。斯那ことは又となかろう。