후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
さくぶつのひひょう
作物の批評
夏目 漱石의 作物の批評(さくぶつのひひょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 6,439자 · 13화면
のみならずこれらの分類は形式に属する分類であるから、専門として独立する価値があるかないかすでに疑問である。して見ると、つまりは純文学の批評家は純文学の方面に関するあらゆる創作を検閲して採点しつつある事になる。前例を布衍して云うと地理、数学、物理、歴史、語学の試験をただ一人で担任すると同様な結果になる。
純文学と云えばはなはだ単簡である。しかしその内容を論ずれば千差万別である。実は文学の標榜するところは何と何でその表現し得る題目はいかなる範囲に跨がって、その人を動かす点は幾ヵ条あって、これらが未来の開化に触るるときどこまで押拡げ得るものであるか、いまだ何人も組織的に研究したものがおらんのである。またすこぶるできにくいのである。
こう云うては分らんかも知らぬ。例を挙げて二三を語ればすぐに合点が行く。古い話であるが昔しの人は劇の三統一と云う事を必要条件のように説いた。ところが沙翁の劇はこれを破っている。しかも立派にできている。してみると統一が劇の必要であると云う趣味から沙翁の作物を見れば失望するにきまっている。あるいは駄作になるかも知れぬ。しかしこれがために統一論の価値がなくなったのではない。