일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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はじめてにしだきたろうのなをきいたころ

初めて西田幾多郎の名を聞いたころ

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 初めて西田幾多郎の名を聞いたころ(はじめてにしだきたろうのなをきいたころ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,030자 · 8화면

아오조라 문고

事によると紀平氏の講義の代わりに西田先生の講義が聞けたかも知れないというような事情が当時あったということは、この日記を読むまでわたくしは知らなかったのである。なお日記には、右のことから一か月も経たない十一月六日に、山本良吉氏からの手紙で、京都大学についての話があったと記されている。この話の内容はよくは解らないが、京都大学への転任の話が京都の教授会で確定したのは、翌年四月のことである。だからこの話が前年の十一月ごろに始まったと考えても差し支えはあるまい。いずれにしても先生は、この当時大学での講義を予期していられたのである。京都へ移る前、七月に、学士会で送別会が催された。来会者は井上、元良、中島、狩野、姉崎、常盤、中島(徳)、戸川、茨木、八田、大島(正)、宮森、得能、紀平の諸氏であったという。これらの中の一番若い人でも大学生から見ると先生だったのであるから、こういう出来事はすべて別世界のことであって、わたくしたちには知る由もなく、また関心もなかった。

多分先生が日記に、「小生の事は今年は望みなしとの事なり」と書かれたころであろう。わたくしは友人の岡本の言葉に刺激されて、藤岡作太郎著『国文学史講話』