후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
のまがれる物品々の段に「大工のかねや、蔵のかぎ、檜物屋の仕事、なべのつる、おたがじやく」とあるのを引き、蛙の子を「お玉じゃくし」というのは「おたが杓子」の誤だといっている。柄の曲った杓子の古風を最後まで存していたのが多賀の杓子で、蛙の子が水中で尾をうねうねする様が、その形に似ているから名づけたものに相違ない、というのである。おたが杓子か、お玉杓子かなどといい出すと、何だか外郎売の台詞のようになって来て、甚だ事面倒だから、そんな問題は春永の節に譲ってよろしい。杓子の柄の曲直もそれほど重大視する必要はないが、種彦が『玉海集』から引いた
ゆがみなりにも寿命ながかれ
手づよさはお多賀杓子の荒けづり 正式
という俳諧は、参考に挙げて置いた方がよさそうである。種彦の説によれば、多賀の杓子の柄が曲っていたのは百余年前までだという。百余年という数はいささか漠然としているから、亀洞の句もいずれに属するかわからぬが、「お多賀杓子の荒けづり」は已に先蹤があるわけである。但正式の句が多賀杓子の説明を脱し得ぬに反し、亀洞の方は慥に或空気を描き出している。勿論この杓子がどういう役割をつとめるのか、この句の表からは明にしにくいけれども、七草という簡素な、明るい新年の行事と、荒削りな多賀の杓子とは、趣の上においてぴたりと合うものがある