후리가나로 읽는 일본 고전
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うもんとりものちょう
右門捕物帖(二)
佐々木 味津三
佐々木 味津三의 右門捕物帖(二)(うもんとりものちょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 221,941자 · 435화면
以下の、取り的連中ばかりでありました。もっとも、相撲通のかたがたにいわせると、相撲のほんとうにおもしろいところは、名のある力士どうしの型にはまってしまった取り組みではなくて、こういうふうに取り的連中の全然予測できないもののほうが、ずっと溌溂でおもしろいという話ですから、その点から申しますと、存外将軍さまもすみにおけないお見巧者であったことになりますが、いずれにしてもその日お呼び出しにあずかった者どもは、番付面に名があるにはあっても、虫めがねで大きくしなければその存在がわからない、いわゆる拡大鏡組の連中ばかりでありました。
しかし、そう申しますと、ひどくこの虫めがね組が取るに足らない雑兵のように聞こえますが、これがなかなかどうして、ただの取り的どもだと思うとたいへんな勘違いで、実にこのお三代家光公の寛永年間は、そのかみ垂仁天皇の七年に、はじめて野見宿禰と当麻蹴速とがこの国技を用いて以来、古今を通じて歴史的に最も相撲道が全盛をきわめた時代でありました。それが証拠は、今も伝わる日の下開山の横綱制度は、実にこの寛永年間にはじめて朝廷からお許しなされたもので、その第一世だった明石志賀之助は身のたけ六尺五寸、体量四十八貫、つづいて大関を張った仁王仁太夫は身のたけ七尺一寸、体量四十四貫、同じく大関だった山颪嶽右衛門は