후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
さてこの原理を服膺した上で時事問題に臨んで見るがいい。金田某は何だい紙幣に眼鼻をつけただけの人間じゃないか、奇警なる語をもって形容するならば彼は一個の活動紙幣に過ぎんのである。活動紙幣の娘なら活動切手くらいなところだろう。翻って寒月君は如何と見ればどうだ。辱けなくも学問最高の府を第一位に卒業して毫も倦怠の念なく長州征伐時代の羽織の紐をぶら下げて、日夜団栗のスタビリチーを研究し、それでもなお満足する様子もなく、近々の中ロード・ケルヴィンを圧倒するほどな大論文を発表しようとしつつあるではないか。たまたま吾妻橋を通り掛って身投げの芸を仕損じた事はあるが、これも熱誠なる青年に有りがちの発作的所為で毫も彼が智識の問屋たるに煩いを及ぼすほどの出来事ではない。迷亭一流の喩をもって寒月君を評すれば彼は活動図書館である。智識をもって捏ね上げたる二十八珊の弾丸である。この弾丸が一たび時機を得て学界に爆発するなら、――もし爆発して見給え――爆発するだろう――」迷亭はここに至って迷亭一流と自称する形容詞が思うように出て来ないので俗に云う竜頭蛇尾の感に多少ひるんで見えたがたちまち「活動切手などは何千万枚あったって粉な微塵になってしまうさ。