후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
教場もしくは運動場であんなに騒々しいものが、どうしてかように自己を箝束する力を具えているかと思うと、憐れにもあるが滑稽でもある。こうやって一人ずつ相対になると、いかに愚なる主人といえども生徒に対して幾分かの重みがあるように思われる。主人も定めし得意であろう。塵積って山をなすと云うから、微々たる一生徒も多勢が聚合すると侮るべからざる団体となって、排斥運動やストライキをしでかすかも知れない。これはちょうど臆病者が酒を飲んで大胆になるような現象であろう。衆を頼んで騒ぎ出すのは、人の気に酔っ払った結果、正気を取り落したるものと認めて差支えあるまい。それでなければかように恐れ入ると云わんよりむしろ悄然として、自ら襖に押し付けられているくらいな薩摩絣が、いかに老朽だと云って、苟めにも先生と名のつく主人を軽蔑しようがない。馬鹿に出来る訳がない。
主人は座布団を押しやりながら、「さあお敷き」と云ったが毬栗先生はかたくなったまま「へえ」と云って動かない。鼻の先に剥げかかった更紗の座布団が「御乗んなさい」とも何とも云わずに着席している後ろに、生きた大頭がつくねんと着席しているのは妙なものだ。