후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
てつがくにゅうもん
哲学入門
三木 清
三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면
我々の認識は経験の制約のもとに立たねばならぬ故に、物自体は認識にとって限界をなし、我々はそれを知ることができないと考えられるのである。なるほど我々が物の本体を知っているかどうかは、単なる知識の立場においては決定し難いことであるかも知れない、けれど行為の立場においては明瞭である。我々のもっている知識に従って我々が物を変化し物を作ることができるならば、我々は物そのものを知っているのでなければならぬ。そこで実践が真理の基準である。「総体の、生ける、人間的実践が認識論の中へ押し入り、真理の客観的基準を提供する」、といわれている。知識は実践においてその真理性を証するのである。自然に対する人間の働きかけの範囲が広ければ広いほど、自然に関する人間の知識も一層広く、一層正しくあることができる。「単なる自然としての自然でなく、人間による自然の変化こそ、人間の思惟の最も本質的な、最も重要な基礎である」。マルクスは、感性も単に直観としてでなく、実践的な人間的感性的活動として捉えられねばならぬと書いている。尤も、真理の基準を単に実践に求めることは、知識の内在的な基準を否定し、その自律性を否定することになるであろう。