일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면

아오조라 문고

解釈は、外から内を理解することであると共に内から外を理解することであり、一般的なものから特殊的なものを理解することであると共に特殊的なものから一般的なものを理解することである。ディルタイが解釈学におけるアポリア(難問)といったかような関係は、単なる循環でなく、理解というものが弁証法的に対立するものの間における形成作用でなければならぬことを示している。理解そのものがひとつの形成的創造である。歴史的認識は主観的・客観的な作用として形成作用でなければならぬ。歴史は記述であるといっても、単なる模写でなく、構成的なところを含んでいる。尤も理解とか記述とかということは多くの場合観想の立場に止まっている。しかるに歴史はもと行為の立場から把握さるべきものである。歴史のうちに一般的なもの、法則的なものを求めるということも、行為の立場において要求されることである。自然を変化するには自然の法則を知らねばならぬように、社会を形成してゆくにも法則の認識が必要である。歴史の認識は形の認識であるといっても、歴史学、或いは文化科学、或いは精神科学、或いは社会科学と呼ばれるものが、一般的なもの、法則的なものを認識しようとすること、理論的であろうとすることを否定するのでなく、むしろ反対である。