일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면

아오조라 문고

たとえば豕となりて満足するよりはソクラテースとなって不満足なることは誰も望む所である。而してこれらの差別は人間の品位の感 sense of dignity より来るものと考えている。しかしミルの如き考は明に快楽説の立脚地を離れたもので、快楽説よりいえば一の快楽が他の快楽より小なるに関せず、他の快楽よりも尚き者であるという事は許されない。さらばエピクロース、ベンザム諸氏の如く純粋に快楽は同一であってただ数量的に異なるものとして、如何にして快楽の数量的関係を定め、これに由りて行為の価値を定めることができるであろうか。アリスチッポスやエピクロースは単に知識に由りて弁別ができるといっているだけで、明瞭なる標準を与えてはおらぬ。独りベンザムは上にいったようにこの標準を詳論している。併し快楽の感情なる者は一人の人においても、時と場合とに由りて非常に変化し易い物である、一の快楽より他の快楽が強度において勝るかは頗る明瞭でない。更に如何ほどの強度が如何ほどの継続に相当するかを定むるのは極めて困難である。一人の人においてすらかく快楽の尺度を定むるのは困難であって見れば公衆的快楽説のように他人の快楽をも計算して快楽の大小を定めんとするのは尚更困難である。