일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

そうせきしとわたし

回想 子規・漱石

高浜 虚子

高浜 虚子의 回想 子規・漱石(そうせきしとわたし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,187자 · 231화면

아오조라 문고

明治三十九年十二月二十三日(葉書)

拝啓 蝶衣(高田四十平)君の所ハ淡路釜口デスカ。

夏目金之助

高浜清様

○

明治三十九年十二月二十六日(葉書)

廿七日引き越します。

所は本郷西片町十ロノ七

であります。仲々まずい所です。喬木を下って幽谷ニ入ル。

夏目金之助

高浜虚子様

七

明治四十年頃からの漱石氏はますます創作に油が乗って来て、その門下に集まって来た三重吉、豊隆、草平、臼川その他の人々に囲繞せられて文壇に於ける陣容も整うて来た事になった。その時に当って朝日新聞から社員として傭聘するという話が始まって、遂に氏は意を決して大学講師の職を辞して新聞社員として立つ事になった。同時に氏は素人の域を脱して黒人の範囲に足を踏ん込んだ事になったので、今までは道楽半分であった創作が今度は是非とも執筆せねばならぬ職務となった。氏の立場は堂々たるものになったと同時に気ままとか楽しみとかいうゆとりは無くなってしまった。が氏の謡の稽古を思い立ったのもその頃からの事である。氏は熊本に居る頃加賀宝生を謡う人に二、三十番習った事があったので、誰か適当な宝生流の師匠はなかろうかと言われた時に、私は松本金太郎翁を推挙したのであったが、遂にそれは宝生新氏に落着いて私らと同流の下宝生を謡うことになったのであった。