후리가나로 읽는 일본 고전
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おおさかをあるく
大阪を歩く
直木 三十五
直木 三十五의 大阪を歩く(おおさかをあるく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 32,964자 · 65화면
ただそれが、完全に発達をしないのは、料理と同じで、一程度以上の研究をしないからであろう。
曾我廼家五郎は、唯一の喜劇であるが、五郎の見識以外へ出ないから、新らしい時代とは没交渉で、十年後には――或は、いい喜劇が出たなら、忽ち圧倒されるだけの古臭さを含んでいる。
私が、最近「アサヒグラフ」に書いた短篇など、新らしい落語でもあり、喜劇である。「大衆文学全集」などにも、落語も、書いているが、こういう方面へは、彼等は、全然注目していないらしい。私は暇さえあると彼等を聞き見るが、彼等は吾々がこうしたことにも注意していることを全く考えていない。これが漫談などが出てくる現象の一原因で、話語の上手さに於て漫談の比で無いに拘らず、落語は日に日に古臭くなって行き、漫談はもう一転換したなら遥に落語を圧倒する丈の胚芽を含んできた。
私は大阪のこうした人々がいい素質をもち乍ら、それをリードするいい人の無い為に、しばしば歪められてしまっているのを見ると、もう一度、大阪の非文化性の罪悪さを云わなくてはならなくなってくる。時として、文化は下らないことであるが、時として、文化的指導者のいないことは、興りうべき物をも興らしめないで終ってしまう。