후리가나로 읽는 일본 고전
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おおさかをあるく
大阪を歩く
直木 三十五
直木 三十五의 大阪を歩く(おおさかをあるく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 32,964자 · 65화면
安堂寺町と、野麦と、――それは丁度、私の住んでいた家の、崖の真下が、九里丸君らの家のあった所で、その長屋の悪童と、私らの悪童とは、よく、石を抛合ったものである。今、その旧蹟には、天理教の教会が建っている。だが、そんな昔はいい。
九里丸君は席へ出て、上手な洒落を喋っているが、小出君にも、私にも、文章にユーモラスのあるのは、諸君も、御存じにちがい無い。私の信じる所によると、これは、都会人の特色で、もう少し価値を認めてもらってもいい事だと思っている。
ナンセンスだとか、ウイットとか、ユーモアとか、それは、決して、悪人には無い事だと、私は勝手な、非研究的な断言をしてもいい。物がよく判り、裏が見え、余裕があり、何事にも、すぐむきにならずに、四方から眺めうる人にして、初めて、それが、生れてくるのである。
小出君にしても、九里丸君にしても、そういう意味に於て大阪のいい所を代表している都会人である(都会人と、田舎人との比較に於ては断じて、私は、都会人に加担する。田舎人は、都会人に近づかなければ、本当の物は判らない。議論があれば、いつでもしていい)。然し、大阪の人々が田舎者に押されてしまったように、こうした人々は、成るべく物を避けようとする傾向がある。