후리가나로 읽는 일본 고전
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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
喜田 貞吉의 奥州における御館藤原氏(おうしゅうにおけるみたちふじわらし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 17,211자 · 34화면
その管領に委せねばならなかったのである。要するに前九・後三の両役ともに、いわゆる前門の虎を防いでこれを後門の狼に譲り渡したという結果となってしまったのである。ことに清衡は康保年中その居館を江刺郡豊田館から、さらに南の方磐井郡の平泉に移し、さきに安倍氏が衣川の外に出でんとしたところを実地に行って、ますます南下の形勢を示すに至ったのである。のみならず彼は奥羽両国一万余の村に伽藍を建て、仏性燈油を寄附したといわれている。事実その勢力は、この両州を光被していたのであろう。
ついでその子基衡に至っては、果福父に過ぎて両国を管領したとも言われ、遠く南の方信夫郡の検田についてすら、国司に対抗してこれを拒もうとしたほどであった。かくて秀衡その後を承けて奥州大半を虜掠したとあってみれば、曩祖頼義・義家の正嫡を承けて、すでに天下一統の形勢にある彼れ頼朝たるもの、いかんぞその臥榻の傍において、この夷人の鼾睡を容るすことが出来ようや。いわんや秀衡はさきに平家の推挙によりて陸奥守に任ぜられ、公然奥州をその掌中に握ることが出来たのみならず、院宣を帯して常にその背後を窺おうとするの情勢にあるにおいてをやである。