일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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おうしゅうにおけるみたちふじわらし

奥州における御館藤原氏

喜田 貞吉

喜田 貞吉의 奥州における御館藤原氏(おうしゅうにおけるみたちふじわらし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 17,211자 · 34화면

아오조라 문고

これはその以北の地が当時兵乱の巷となること少く、土民の疾苦多からざりしという理由もあるべく、必ずしもこれによって、奉行施政の及ぶ北限を定めることは出来なかろうが、それにしても、とうていもと藤原氏管領の六郡以北に至ったとは思われず、当時幕府施政の範囲は、おそらく岩手郡をもってその北限としていたものであろうと解せられる。けだし二戸・九戸以北の地方は、『陸奥話記』にいわゆる奥地に当り、これを糠部(『吾妻鏡』文治五年九月条に糟部郡とあるは誤記なるべし)と汎称して、当時にあっても、なおほとんど化外に置かれ、俘囚長たる安倍・清原・藤原諸氏も、措いて顧みなかったものではなかろうか。

奥州平定の当時、諸将の賞賜せられた地方は明かなものが少い。『吾妻鏡』には畠山重忠が狭少の葛岡郡(後玉造郡の一部)を与えられ、葛西清重が伊沢・磐井・牡鹿郡以下、数ヵ所を拝領したとあるほかには、千葉介最もこれを拝領すといい、重忠の傍輩皆数ヵ所広博の恩に預るとあるのみで、その地名を明記したものがない。奥羽諸旧家の家伝には、それぞれ先祖がこの戦役に随って軍功あり、某々の地を給せらるなどと書いてはあるが、中にはその人名すら『吾妻鏡』