후리가나로 읽는 일본 고전
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あんごむしゃしゅぎょう
安吾武者修業
坂口 安吾의 安吾武者修業(あんごむしゃしゅぎょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 10,724자 · 22화면
樋口家は木曾義仲の四天王樋口次郎兼光の子孫である。次郎兼光の妹は女豪傑巴だ。もっとも、樋口の嫡流は今も信州伊奈の樋口村にあって、馬庭樋口はその分家である。
足利三代義満のころ、まだ南北朝の抗争のうちつづいたころであるが、奥州相馬の棟梁に相馬四郎義元という剣の名人があった。この人が後に入道して念和尚と名を改め、諸国を行脚して剣を伝えて歩いたが、行く先々で鎌倉念流、鞍馬念流、奥山念流なぞと諸国に念流を残し、最後に信州伊奈の浪合に一寺を造って定着し、ここで多くの門弟に剣を伝えた。この浪合で印可皆伝をうけたものが十四名あって、その一人に樋口太郎兼重があり、これが馬庭念流の第一祖である。
三世のころ、上杉顕定に仕えて上州小宿へ移ったが、八世の又七郎定次のとき馬庭へ土着し、ここから百姓剣法が始まるのである。今は二十四代である。
したがって、馬庭念流という独特のものは八世又七郎に始まると見てよい。彼はまた馬庭念流二十四代のうちで最も傑出した名人でもあったようで、念流本来の極意書が樋口家に伝わるようになったのも又七郎の時からである。
又七郎が馬庭に土着して道場をひらいたころ、高崎藩に村上天流斎という剣客が師範をつとめていた。