후리가나로 읽는 일본 고전
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おぜのむかしといま
尾瀬の昔と今
木暮 理太郎
木暮 理太郎의 尾瀬の昔と今(おぜのむかしといま)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,599자 · 15화면
人に塒を与えたので戸倉と呼ばれるようになったのだと、老人から真面目に説明されて苦笑したことがある。
関の趾は村の北はずれ字小松にある、関守は戸倉から一人、松浦三郎兵衛を初代とし、土出から一人、星野市之丞を初代として、各々明治まで十三、四代の間之を勤め、二人扶持を給されていた。戊辰の変に初めて此路は軍事上に使用され、官軍と会津藩と此処で小競合のあった際、兵火の為に関門は焼失してしまった。其時討死した足利藩士の今井弁輔とかいう人の墓が三尺許の自然石に「嗚呼男児之事畢矣」と奇抜な碑銘を刻して其辺に建てられてあったのを、明治二十七年に此処を通った際見たように覚えているが、其後はいつも忙しく通り過ぎて気に止める折もなかった。今もありやなしや、覚束ない。
尾瀬の名が広く世に知られ、其風光を慕って多くの人が此処を訪れるようになったのは、大正の初頃からである。一高の旅行部が率先して、毎年必ずこの方面に旅行班を送り、従来余り知られて居なかった山や峠や沢や温泉を紹介したことは、尾瀬を世に知らしむるに大に与って力あった事と思う。それには『山岳』第一年第一号所載の「尾瀬紀行」