일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

やまごしのあみだぞうのがいん

山越しの阿弥陀像の画因

折口 信夫

折口 信夫의 山越しの阿弥陀像の画因(やまごしのあみだぞうのがいん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 15,125자 · 30화면

아오조라 문고

四天王寺西門は、昔から謂われている、極楽東門に向っているところで、彼岸の夕、西の方海遠く入る日を拝む人の群集したこと、凡七百年ほどの歴史を経て、今も尚若干の人々は、淡路の島は愚か、海の波すら見えぬ、煤ふる西の宮に向って、くるめき入る日を見送りに出る。此種の日想観なら、「弱法師」の上にも見えていた。舞台を何とも謂えぬ情趣に整えていると共に、梅の花咲き散る頃の優なる季節感が靡きかかっている。

しかも尚、四天王寺には、古くは、日想観往生と謂われる風習があって、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行ったのであった。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。観音の浄土に往生する意味であって、々たる海波を漕ぎきって到り著く、と信じていたのがあわれである。一族と別れて、南海に身を潜めた平維盛が最期も、此渡海の道であったという。

日想観もやはり、其と同じ、必極楽東門に達するものと信じて、謂わば法悦からした入水死である。そこまで信仰においつめられたと言うよりも寧、自ら霊のよるべをつきとめて、そこに立ち到ったのだと言う外はない。そう言うことが出来るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思いつめ、何かに誘かれたようになって、大空の日を追うて歩いた人たちがあったものである。