일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ていだいせいしょけんきゅうかいしゅうこうのじ

帝大聖書研究会終講の辞

矢内原 忠雄

矢内原 忠雄의 帝大聖書研究会終講の辞(ていだいせいしょけんきゅうかいしゅうこうのじ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,943자 · 8화면

아오조라 문고

彼等は罪を深刻に悲しまず、救の力に満ち溢れて喜ばない。そういう時代にイザヤ書の編輯者が出て之を国民に送り、神の審判を学ぶべきことを教えたのである。

預言者は国民が有頂天になって空虚な楽観に耽って居る時滅亡の姿を見て悲しみ、国民が意気沮喪して悲哀に陥った時復興の萌しを見出して希望を預言する。支那の格言に「人の憂に先んじて憂い、人の楽に後れて楽しむ」という言があるが、我々は後先の問題ではない。深さの問題である。人は表面を見、神は底を見給う。預言者は神の言を以て表面的なる人の心を審判く。我々は喜怒色に現わさざる底の聖人君子ではない。併し悲しむならば神の悲を悲しみ、怒るならば神の怒を怒るべきである。喜は神の歓喜、希望は神の希望を有つべきである。人間的な、表面的な喜怒哀楽の情に溺れるべきではない。神と偕にある事によって始めて人の驕慢なる時に悲しみ、人の意気沮喪する時に希望を伝え得るのである。

第三十六章―三十九章は大体列王紀略下並に歴代志略下の記事をばイザヤ預言の附録として掲げたものであるから、此の部分は省略することとして、イザヤ書講義は以上を以て終り、同時に帝大聖書研究会は今日を以て解散する。