일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

ばくまついしんかいこだん

幕末維新懐古談

高村 光雲

高村 光雲의 幕末維新懐古談(ばくまついしんかいこだん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 1,581자 · 4화면

아오조라 문고

私は観音のためには、生まれて以来今日までいろいろの意味においてそのお扶けを冠っているのであるがこの観音様はあぶないところを私がお扶けしたのだ。これも何かの仏縁であろうと思うことである。

さて、師匠の所有の四体の観音は、その後どうなったかというに、一つは浅草の伊勢屋四郎左衛門の家(今の青地氏、昔の札差のあと)、一体はその頃有名だった酒問屋で、新川の池喜へ行きました。それから、もう一体は吉原の彦太楼尾張へ行った。もう一体は何処へ納まったか覚えておりません。

かく師匠の手に帰した観音も、日ならずして人手に渡り、ちりぢりばらばらになってしまいましたが、私の所有の松雲元慶禅師のお作は、今以て私が大事にして祭っておりますところを見ると、最初私がこの観音の灰燼に帰しようとする危うい所をお扶けしようとした一念が届いて、かくは私と離れがたない因縁を作っているように思い、甚だ奇異の感を深くするわけであります。

この禅師のお作は、徳川期のものではあるが、なかなか恥ずかしからぬ作であります。禅師は元来は仏師でありましたので、その道には優れた腕をもっておられ、五百羅漢製作においても多大の精進を積まれ一丈六尺の釈迦牟尼仏の坐像、八尺の文殊、普賢の坐像、それから脇士の阿難迦葉の八尺の立像をも彫まれました。