후리가나로 읽는 일본 고전
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やくしゃのいっしょう
役者の一生
折口 信夫
折口 信夫의 役者の一生(やくしゃのいっしょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 15,324자 · 31화면
中将姫の時、奉納した額の若顔の彼の中将姫のおし絵を、後、当麻寺で発見して懐しかった。源之助はこの朝日座を中心として五年間程居て、二十九年ほとぼりのさめた頃、東京へ帰って来た。不思議なことには、残菊物語で御存じの菊之助が詫びがかなって大阪から戻って来たのも、やはり二十九年であった。この間に福助はうんと延び、ずうっと後輩の尾上栄三郎(後の梅幸)も相当の役をする様になっていた。
東京に帰って来てした芝居が我々には面白いが、「続々歌舞伎年代記」を見ると、この頃は壮士芝居が相当に纏って来て、山口定雄が「本朝廿四孝」をしていた。源之助はここで腰元濡衣、橋本屋の白糸をした。杉贋阿弥の劇評は元来余り讃めぬ方であるが、橋本屋の白糸は絶技と讃えている。源之助のような出たとこ勝負の役者には時によって、つぼの外れる所があるが、生世話物だと成功する率が多い。生活が即舞台となることが出来るから。そしてこの評判が源之助の芸格を狭める結果になった。遥かの後昭和十二年十一月明治座に久し振りで鈴木主水の芝居が出た。主水が宗十郎、白糸が時蔵であった。源之助は晩年今にも死ぬか死ぬかと思っていたので得意芸を演らせたらばいいにと思ったが、興行者の見徳とでも言うかどうも変なもので、実現はしなかった。