일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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あいとにんしきとのしゅっぱつ

愛と認識との出発

倉田 百三

倉田 百三의 愛と認識との出発(あいとにんしきとのしゅっぱつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 64,420자 · 129화면

아오조라 문고

一人※然として生きるに耐えざる淋しき魂が、とこしえに変わらざる愛人と共に住まんと欲する切なる願いである。氏はその宗教論の冒頭に宗教的要求という一章を掲げて、宗教がいかに真摯に生きんとする者のやみがたき要求であるかを述べて次のごとく言っている。

宗教的要求は自己の生命に就ての要求である。我々の自己が相対的にして有限なるを知ると共に、絶対無限なる力に合一し之に由りて永遠の真生命を得んと欲するの欲求である。パウロがも早我生けるにあらず、基督我に在りて生けるなりと言つたやうに、肉的生命の全部を十字架の上に釘け終りて独り神によりて生きんとするの情である。真正の宗教は意識中心の推移によりて、自己の変換、生命の革新を求めるの情である。世には往々何故に宗教は必要であるかなどと問ふ人がある。併しかくの如きは何故に生きる必要があるかと問ふと同様であつて、自己の生涯の不真面目なることを示すものである。真摯に生きんとする人は必ず熱烈なる宗教的要求を感ぜずには居られないのである。(善の研究――四の一)

宗教は氏の哲学の終局であり、根淵である。氏は『宗教的意識』のなかにシュライエルマッヘルを引いて、宗教の認識論的研究の必要を説いているが、まことに氏の宗教は認識論をもって終始している。