후리가나로 읽는 일본 고전
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わがじんせいかん
我が人生観
坂口 安吾의 我が人生観(わがじんせいかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 11,617자 · 23화면
自分と人は違うものだ。人間関係も環境も、まったく人によって別々なのが人間というものの在り方で、したがって人間関係を解く公式というものは永遠に在り得ない。めいめいが自分の一生を自分で独自に切り拓くべきものである。それぐらいの理も弁えずに、自分がこうだから、あなたもこうしろという思いあがった善良さは、まことに救いがない。善人の罪というものは、やりきれないものだ。
無邪気の罪も同じことで、道標のムキを変えるというイタズラは、その結果についての怖るべき罪をさとらぬ無智のせい、悪意はなくとも、無智ということ自体が罪だ。悪意がないだけ、救いがない。
しかし、今回の谷川岳の道標事件は、永遠に犯人は分るまいと思いのほか、まるで筋のよく出来た探偵小説を読まされたように、次から次へ謎がとけて、その結末も谷川岳の美しい姿にふさわしく、一抹清涼の感をともなって幕を閉じたようである。
この結末も、結局は無智の生んだ罪であるが、身につまされて、悲しい罪ではある。
法師温泉の主人公が、本人はさとらずに、道標を書きちがえていたのである。彼は矢印の形をした道標に、先ず、矢印を左にして左書きに、仙の倉平標と書いた。