후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
わがじんせいかん
我が人生観
坂口 安吾의 我が人生観(わがじんせいかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 11,617자 · 23화면
その食卓で各自の自己紹介があった。私の番がきて、立ち上って姓名を名乗ると、席を向い合っていた菊池寛が、
「キミ、もっと、大きく」
と叫んだ。私は彼と一切交遊がない。彼が私によびかけたのは、この一言だけであるが、私はこのとき、いくらか顔をあからめたかも知れない。伴氏の伝授を思いだして、この時ぐらい味気ない思いに胸をつかれたことはないのである。
又、その村には、藤田という、彼の親友の画家が住んでいた。私はその絵を知らないが、一生ナマズの絵を書いていた人だそうだ。自ら鯰魚と号していたように記憶する。無邪気な楽天家であったが、恒産があったのかも知れない。しかし、貧乏のようでもあった。生れながらに手と足の指が三本ずつしかない人であったが、そういうことが気にかかる余地がなかった。先日因果物の小屋へ見物にはいったら、人間ポンプというのと一しょに、手足の指が三本ずつの男が見世物にでていたが、そんなものが見世物になるのが、むしろ私には異様であった。三本指の藤田画伯はなんの異状もないばかりか、甚しく健康な楽天家であったからである。
藤田画伯は生来仙人の趣があったが、伴氏はむしろアベコベの天性のように思われる。