일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

室生 犀星의 我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 116,728자 · 231화면

아오조라 문고

これには二十六歳で死んだ立原道造という男がのっていた。私はこのふたつの風船の純潔さを、それがどれほどの違いを持ち合い、どれほどの違いを現わしているかを毎日見ていた。

高村光太郎がいわゆる中間雑誌にも書くようになったのは、ようやく雑誌の灰汁がしみ亙っていて一々それを拭いていられなかったからである。かれの詩が凡ゆる詩というものが雑誌のかざりとうめくさであることに間違いなく、かれの詩もまた雑誌のゆびわや帽子の役目をつとめるようになっても、かれはあまりこたえる風もなかった。あるいはこたえても、そんな子供くさい事には、もう一々潔癖がまもれなかったのかも知れぬ。

永年に亙り自分の詩をそだてるうえに、注意ぶかく卑俗を避けていたかれは、時勢もそうであったが持ちきれなくて半分投げ出したところがあった。二種類の文学全集、彼自身の全集とかいうものが、かれを文学の泥臭い中に抱きこんでしまったものの、そんな泥を吐くいとまさえなかったのである。それはそうであってよかったのだ。詩は詩であっても文学は泥くさいほど美しい、泥のついていない詩や文学はご免蒙りたいものである。巨大豪放の透明感というもの、清純高潔の生き方というものを最後まで持ちつづけたかれも、時々、その反対の生き方を強いられてくると、口ごもりながら、これは何とかしなければなら