후리가나로 읽는 일본 고전
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いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ
所謂批評の「科学性」についての考察
戸坂 潤
戸坂 潤의 所謂批評の「科学性」についての考察(いわゆるひひょうの「かがくせい」についてのこうさつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 10,581자 · 21화면
直接印象でないとすれば、云わば間接印象(?)、と云って悪ければ、念を押され確かめられ点検された印象なのだ。即ちこの印象は実はすでに追跡された印象だ。印象があって、之を追跡するだけではなく、所謂印象そのものが、すでに追跡された印象だ。心ある読者は、単に読むという活動自身に於て、印象追跡者である。批評家である。批評家とは、そういう最も普通な、併し誰でも可能だという意味に於ける誠実さを持った、読者の代表者である。読み手として優れているか特色があるか、それとも優れていなくても特色がなくても、それに職業的か習性的かの経験や訓練を有とうと心掛けて生活しているもの、之が所謂批評家だ。批評家は読者代表である。批評家が作家の教師になったり鞄持ちになったり侍医になったりすることは、それから後のことで、批評家は先ず第一に読者の先輩であるというわけである。
こう考える限り、印象は即ち印象追跡であり、即ち又、印象追跡とは単に実際の印象それ自身のことでしかないようだ。もしこれで話しがすむなら、批評は凡て印象批評であるばかりでなく、批評は凡て、括弧づきの所謂「印象批評」であると云い切ってかまわない筈だろう。