후리가나로 읽는 일본 고전
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しどうしゃとしてのてらだせんせい
指導者としての寺田先生
中谷 宇吉郎
中谷 宇吉郎의 指導者としての寺田先生(しどうしゃとしてのてらだせんせい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,207자 · 9화면
どの学問でもそうであろうが、特に物理学の方面では、本当の意味の指導ということは非常に困難な事であって、先生の予期されるように弟子たちはなかなか進歩しない。或る時先生はS教授に、「君、若い連中を教育するには、無限に気を長く持たなければいかんよ」といわれた由を、同教授から聞かされたことがある。
先生を失って弟子たちは何をする張合いもなくなる、そのような意味での指導が出来たのは、勿論先生の比類なき頭脳の力によるものであるが、今一つ先生の心の温かみというものが非常に重大な役割をしていると切に思われるのである。『冬彦集』の鼠と猫の中に、誰にも嫌われた或る猫の下性を直すために、土を入れた菓子折を作って、「何遍となく其処へ連れて行っては土の香を嗅がして」やられる先生の姿が書かれている。これを読んだ時に、現代の東京の生活の中で、しかも忙しかった先生の御仕事を思うと、比喩などという意味を全く離れて、先生の暖いそして静かな心が実感をもって身に沁みたのであった。指導者としての先生の温情の一つの現われは、常に弟子たちのためということを第一に考えられて、御自身の仕事の都合は何時でも第二の問題とされていたことである。