일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぶんげいひょうろんのほうほうについて

文芸評論の方法について

戸坂 潤

戸坂 潤의 文芸評論の方法について(ぶんげいひょうろんのほうほうについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,949자 · 16화면

아오조라 문고

日本では作家の数は数え切れない程であるが、文壇ジャーナリズムに登場して来る専門の文芸評論家の数は可なり限られている。処がどんな作家でも文芸評論乃至文芸批評を頼まれないとは限らないし、頼まれれば自分は文芸評論家でないから書かないと云って断わる作家は少ないようだ。暫く前まで、いや今日でも多分にそうだが、専門評論家が少ないということもあって、文芸評論の大部分が(特に新聞などではそうだ)、作家の手になったものだった。尤も作家の内では、評論を殆んど書かない者も少なくはない。島崎藤村や谷崎潤一郎が新聞や雑誌に文芸評論を書くということは何か一寸そぐわないようにも考えられる。それから又作家であると同時に評論家である場合も、大変多い。中野重治、中条百合子、窪川鶴次郎、森山啓(後の二人の詩人兼評論家は最近「作家」の仲間入りをしたとも云うことが出来よう)、貴司山治、其の他、大まかに云った左翼にぞくしていた人達に、この傾向の著しいことは、意味のあることだが、そうでない作家にも若い時代としては阿部知二とか伊藤整とかいう評論家兼任の者が少なくない。さてこの評論家兼任の作家と評論をやらぬ作家とを差し引いた余りの作家は(?)評論家でなくしてしかも評論をやる作家なわけであるが、この作家的評論と評論家の評論とでは大分趣きが変っていると云う