후리가나로 읽는 일본 고전
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いちかわくめはち
新編 近代美人伝 (下)
長谷川 時雨
長谷川 時雨의 新編 近代美人伝 (下)(いちかわくめはち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 138,172자 · 277화면
大火後、遊廓は浅草田圃へ移され、新吉原となり、芝居だけ元の土地に残っていたが、ずっと下って天保十三年に、勤倹令を布いた幕府の老中、水野越前守が、中央に芝居小屋などのあるのはもってのほかのこと、御趣意に反くというわけで、浅草猿若町へ転地させられた。
そのころ、京橋木挽町にあった守田座が、猿若町に立並んで三座となったが、この、守田座は、委しくいえば、もとから、芝居は四座あって、守田座だけが別の土地に離れていたので、これも古い名ではあるが、十一代目を継いだ――下総あたりのお百姓から出て、中村翫右衛門と名のった、あまり上手でない役者が座元の養子になり、その子の十二代目守田勘弥を、子供の時分からその道に暁通するように育てた。
その人が、演劇道に有名な守田勘弥という策士で、明治維新後の情勢を見て、帝都の中心地となる京橋へ劇場進出を目論んだ。元来木挽町は、以前の土地ではあるし、木挽町へ劇場を建てようという運動は、それよりも一足さきに、これもおなじ土地にあった河原崎座が采女が原へ新築許可を願い出ていた。これはたぶん、目下の歌舞伎座の辺であったろう。――河原崎座主、河原崎権之助は、九世団十郎が、市川宗家に復帰しない、養子にいっていた時の名――現今でもあのあたりは、歌舞伎座、東京劇場、新橋演舞場が鼎立している。