후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
やせがまんのせつ
明治十年丁丑公論・瘠我慢の説
石河 幹明
石河 幹明의 明治十年丁丑公論・瘠我慢の説(やせがまんのせつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 10,475자 · 21화면
しめなば別に金は望まず、日本に行て政府のために尽力したしと真面目に語りたることあり。
また維新の際にも或る米人のごとき、もしも政府において五十万弗を支出せんには三隻の船を造りこれに水雷を装置して敵に当るべし、西国大名のごときこれを粉韲する容易のみとて頻りに勧説したるものあり。蓋し当時南北戦争漸く止み、その戦争に従事したる壮年血気の輩は無聊に苦しみたる折柄なれば、米人には自からこの種の輩多かりしといえども、或はその他の外国人にも同様の者ありしならん。この輩のごときは、かかる多事紛雑の際に何か一と仕事して恰も一杯の酒を贏ち得れば自からこれを愉快とするものにして、ただ当人銘々の好事心より出でたるに過ぎず。五十万円を以て三隻の水雷船を造り、以て敵を鏖にすべしなど真に一場の戯言に似たれども、何れの時代にもかくのごとき奇談は珍らしからず。
現に日清戦争の時にも、種々の計を献じて支那政府の採用を求めたる外国人ありしは、その頃の新聞紙に見えて世人の記憶するところならん。当時或る洋学者の家などにはこの種の外国人が頻りに来訪して、前記のごとき計画を説き政府に取次を求めたるもの一にして足らざりしかども、ただこれを聞流して取合わざりしという。